ラマダン(イスラム教の断食月)に勤しむ実習生との付き合い方については以前の記事でも紹介しましたが、今回は私がインドネシア西ジャワ州スメダン県で実際に体験した、現地でのラマダンの様子をレポートします。
インドネシアの「ラマダン」と「レバラン」
インドネシアは人口の約86%がイスラム教徒(2019年宗教省統計)で、イスラム暦(ヒジュラ暦)に基づく様々な祭礼や祝祭日があります。(イスラム教は国教ではありませんが。)
このイスラム暦の9番目の月を「ラマダン」と呼び、イスラム教徒はこのラマダンの約1ヶ月間、断食を行います。断食は毎日日中に行い、日没から日の出の間にのみ飲食を行います。この断食には、「飲食や欲望をコントロールすることで心や魂を清める」、「飢えや渇きを感じることで、恵まれない人々の気持ちを理解し、同情する」などの意義があります。日の出前に朝食を済ませるため、午前3時頃に地域のモスク(イスラム教の礼拝所)から放送されるお祈りに合わせて起床し、夕方18時頃に一斉に断食明けの食事をとるなど、人々の生活リズムは普段と大きく変わります。それに伴い、社会全体の雰囲気も非日常的なものになります。
ラマダン期間が終わると、レバラン(断食明け大祭)です。インドネシア国全体で一週間ほどの休暇期間に入り、多くの人が帰省して家族と過ごしたりして1年で最も長い休暇を楽しみます。
2024年は、3月上旬〜4月上旬の約1ヶ月間がラマダンで、4月上旬~中旬にかけてレバランがありました。私にとってはインドネシアで初めて経験するラマダンで、驚くことがたくさんありました。
街の景色が一変!
スーパーマーケットやショッピングモールでは、ラマダンが始まる2、3ヶ月も前からラマダンセールが行われました。衣料品などがセール価格で販売され、断食明けに食べられるクッキーやナツメヤシなどの食品が華やかな特設ブースに並びます。これらは「スンバコ」といって、お世話になっている人へ感謝の気持ちを込めて送るもので、日本でいうお中元やお歳暮のようなものです。
屋台や食堂の多くは日中の営業をお休みにしています。営業しているお店では、布やシャッターで仕切りをして、飲食の様子が外から見えないようにしています。一日の断食が終わる日没が近づくと、街の広場には普段の2〜3倍ほどの屋台が並び始め、大賑わいとなりました。断食明けに打ち上げる花火を売る屋台があったり、メリーゴーランドや射的などのアトラクションがあったり、まるでお祭りのような雰囲気でした。レストランでは、席について断食明けの瞬間を待ちながら談笑する多くの人々の姿が見られました。
モスクでは講話やイベントが開催されます。私のインドネシア人の友人の中には、ラマダン中に家族全員でモスクに寝泊まりする習慣がある人もいます。
ラマダン期間中の農業高校
私が派遣されている農業高校では、ラマダン期間中は始業時間が一時間遅く設定されました。終業時間も早められ、多くの生徒はお昼過ぎには帰宅していました。宗教に関する科目の講義が集中的に行われ、いつもは多くの生徒で賑わっている学校内の食堂や、校門前の屋台は日中、ほとんど休業していました。
断食する同僚たちは「私たちを気にせず飲み食いしていい」と声をかけてくれましたが、何となく気が引けてしまい、自分の家で昼食をとっていました。
ラマダン明けの賑わい
ついに迎えたラマダン期間の最終日には、日の入りの時間からあちこちで花火が上がり、モスクからは一晩中お祈りの放送と太鼓の音が聞こえ、街中が特別な高揚感に満ちた雰囲気でした。
翌日になると、イスラム教徒は朝からモスクに集まってお祈りをした後、家族や親族を訪れます。
多くの職場では断食明けボーナスが支給されます。知人はこのボーナスを使って家族でお揃いの服を新調していました。
知人宅での親族の集まりに私も参加させてもらったのですが、50名近くの人がいて大賑わいでした。
この際に、人々が向かい合ってしきりに謝罪している姿を目にしました。一年間の自分の罪をお互いに謝り、許し合うという伝統的な風習があるようで、関係性の清算をして新たな気持ちで一年が始められるといいます。
赴任している農業高校でも、一列に並んだ先生全員に対して、生徒が一年間の罪の許しを請う儀式が行われました。
ラマダン期間を経験して
ラマダン期間中、そしてラマダン明けのレバランを通して、街全体が特別な雰囲気に包まれる中にいて、「自分はマイノリティである」ということを強く実感しました。私だけがイスラム教徒ではなく、断食をしませんでした。この街に日本人は私一人で、もともとアウトサイダーとして浮いた存在であることは感じていましたが、今回はいつにもましてその感覚が強くなりました。同じ場所で同じ時間を過ごしているのに私だけが(正式な方法では)参加できていないという、今までに感じたことのない感覚でした。
現地の人々はそんな自分をとても自然に受け入れてくれました。断食明けの食事に招いてくれたり、「気を使わなくてもいいよ」と声をかけてくれたり。ラマダンについての理解を深められる経験ができました。
インドネシアの文化について私が「知りたい」「実際に見てみたい」とお願いすると、歓迎してくれる周囲の人々の姿勢にいつも助けられていると感じています。
私も、日本の文化について知りたい、学びたいというインドネシアの学生や実習生に出会った時には、できる限りの手助けをしたいという想いが一層強くなりました。
ラマダン期間を日本で過ごす実習生
農園たやのインドネシア人実習生の多くはイスラム教徒です。毎年ラマダンの時期には断食をしていますが、受け入れ農家側の理解とサポートも必要です。
農園たやでの実習生の断食の様子についてはこちらの記事をご参考にしてください。